葦田不見(Ashida Mizu)

詩をかきます。言葉をつむぎます。エッセイとか日記とか。

カムバックトゥ

5月7日。ゴールデンウィーク最終日。

 

ゴールデンウィーク最終日とはいっても、私は特に人と会う用事があるわけでもなく、いつもの日曜日を再現していました。

昼過ぎに起きて、地元のそれほど大きくない神社に参拝して、カフェで本を読んで……。

 

でもなんか今日は特に退屈だなあと、知覚の指が優しくもがれたような、もやの中で踊るような、漠然としたそぐわなさを感じていたの。

 

じわりじわりと初夏を思わせる太陽を感じながら。

人の往来を見ながら。

 

 

でも今日の私は何を思ったか帰りに川に立ち寄ってみようと思ったのでした。

地元には川があります。毎日それを渡って駅まで行くのです。

 

川まで行けば、このつまらなさが紛れると思ったのでした。

 

少し前に雨が降ったところで程よく水があり、でも多すぎず、ところどころ石や砂が山になった部分は歩けるみたいです。

 

川のこちら側では、親子と思しき三人組が飛び石をしています。

おじさんがランニングを、若者がバーベキューをしています。

向こう岸では日向ぼっこをするおじいさん。

 

のどかな日曜日。

 

 

石や土を飛んでとんで、あちらこちらへ移動しいしい、なんだか急に水に触りたくなってきました。

 

水に手をつけ小石に触れます。

同時に違うものにも触れられた気がしました。

 

持参の手ぬぐいで濡れた手を拭いて、メモを一走り。

 

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自然にはゼロ距離で触れなきゃ。

土を触り、水を触り、風を触り、虫を触り、

触覚は帰るためにのこしてあるんだ。

 

小石を触った。

1cm大くらいの小石たち。

手を大きく広げて掬ったり、一粒だけつまんでみたり、なでたり、手を埋めてみたり、

どんなおっぱいよりやわらかく、温かく、抱かれている感覚を。

ここにある。

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「地球とセックス」を大切にしている友達がいました。

今なら彼の気持ちが少しわかる気がします。